やぶいぬ応援団

膵臓癌闘病記や生還者のアドバイス、新薬の治験情報や研究など元気が出る話題を個人が集めたブログです。 <免責事項>本ブログは特定の治療法や薬の使用を推奨するものではなく、このブログの情報を利用した結果について筆者は責任を負うことはできませんのでご了承ください。

「手術を、治療を恐れないで」―ジョブスの遺したメッセージ

Steve_Jobs

 興味深い記事を見つけたので紹介します。今年亡くなった、アップルコンピュータ創業者のスティーブ・ジョブス。彼が罹ったのは膵内分泌腫瘍という珍しいタイプ(すい臓がん全体の50人に1人)の膵臓がんでしたが、診断されてすぐに手術を受けなかったことを大変悔やんでいたそうです。


 この記事は、西洋医学の医師や代替医療(民間療法)の推進者など様々な立場の人に取材していて読みごたえがあります。ざっと主要部分を訳してみます。誤りはどうかご容赦ください。

2011年を振り返る:ジョブスがガン治療に投げかけた問い

クリスティーナ・フィオール、MedPage Today記者


アップルの創業者スティーブ・ジョブスはしばしば、「常識を打ち破る」考え方をして称賛されてきた。自分のガン治療という一点を除いては。


ジョブスが10月に56歳で死去したのち、ブロガーや評論家たちは「2003年に見つかった膵神経内分泌腫瘍の手術を先延ばししたせいでジョブスは決して予後が悪くない病気なのに早く死ぬことになってしまったのではないか」という指摘を巡って様々な議論を交わした。


10月下旬に出版されたジョブスの公式な伝記には、ジョブスが当初標準的な西洋医学治療を避け、特殊な食事や宗教療法家のアドバイスですい臓の腫瘍を消そうとしていたことが書かれている。伝記を書いたウォルター・アイザックソンはニュース番組60 Minutesのインタビューで、ジョブスは手術で自分の体を切り開かれて蹂躙(じゅうりん)されるのに耐えられなかったのだと明らかにした。


ようやく9ヵ月後に手術を受けたときには、すでにジョブスの癌は膵臓の周囲組織まで広がっていた―「ですから、ジョブスはもっと早く手術を受ければ良かったと思っていました。それを世界に伝えたかったのです」とアイザックソンは語った。


60 Minutesアイザックソンはこうも言った。「ジョブスは、何かを完全に無視していれば、存在してほしくないものを消すことができるという『思念の魔力』をちょっと信じていたんじゃないかと私は思いますね。このことについては、ジョブスととてもよく話し合いました。彼は語りたかったんです、どれだけ後悔しているかということを。もっと早く手術を受けていれば良かったと彼は思っていたようです。」


ジョブスの選んだ道は、多くの論議を呼んだ―すぐに手術を受けていればもっと長く生きられたかどうかということに始まって、彼の経験から患者や医療従事者が何を学ぶべきかに至るまで。

もし違った道を選んでいたら…?

ジョブスが癌治療でとった方法が結局彼の命を縮めることになったのではないかと最初に指摘した記事の一つは、ハーバード大学の研究者ラムジ・アムリが情報共有サイトQuoraに投稿したものである。


その投稿がGawker(ニューヨークのニュースゴシップサイト)や他の人気ブログの注意をひいたため、この話題は「有名人の病名」ブログなどで議論の的となった。


アムリはこう書いた。「状況を総合的に見て、ジョブス氏が代替医療を選んだことがむだに死期を早めてしまったと考えても真実からそう外してはいないと思う。」アムステルダム医学生生活を送っていた1年半の間、アムリは神経内分泌腫瘍の研究者であった。


「状況を総合的に見て」という表現は、腫瘍が早期に発見されたこと、腫瘍のできた場所が「比較的穏やかな場所だった」こと、高分化型だったこと、それゆえ早期に転移する可能性が低かったことを指している。


「どんなに害のないものであっても、悪性腫瘍をそのまま残しておくことは、まさに馬鹿げた行為と言うほかはない。それはカチカチ音を立てている時限爆弾と同じなのだから。」


しかし、デトロイトのカルマノスがん研究所のデビッド・ゴルスキー博士は、ブログScience-Based Medicineの中で、アムリとは異なる意見を披露している。


「ジョブスが手術を先延ばしして事態に悪い影響を与えたのは確かだが、それによって彼がこのがんを例のごとくひらりと切り抜けるチャンスがどれ位減ったのか、あるいは減らなかったのかということは不明である」とゴルスキーは書いた。「私が一番真実に近いと思うのは、もしこの選択によって彼の生存確率が減ったとしても、それはごくわずかなものでしかなかっただろうということだ。」


膵神経内分泌がんは、ルチアーノ・パバロッティパトリック・スウェイジランディ・パウシュの命を奪った膵腺癌とは全く異なる。同じ膵臓がんでも、腺癌は成長が早く致命率が高いのに対し、神経内分泌疾患は、よりゆっくり進行する。ニューヨーク州サクセス湖北岸のLIJ病院モンター癌センターの膵がん専門の腫瘍内科医(抗がん剤化学療法の専門医)ジェームズ・ドリンピオ氏によれば、神経内分泌がんの患者は診断後何十年も生存することがあるそうだ。


「神経内分泌がんの成長は遅いです、でも一人一人の患者さんがどういう経過を取るかは予想がつきません」とドリンピオ氏はMedPage Todayに語った。氏の説明によれば、活発にホルモンを産生して下痢や体重減少といった様々な症状を引き起こす例もあれば、他の原因で亡くなった後に病理解剖をしてはじめて見つかるような例もあるそうだ。


「というわけですから、この病気が見つかった場合には直ちに外科手術で腫瘍を切除することが勧められます」とドリンピオ氏は話した。


リンピオ氏はジョブスが発見直後に手術を受けても助かったかどうかは分からない、と認めた。その時点で完全に腫瘍を除去することができたとしても、のちに再発することはありうるからだ。


「しかしながら、ジョブスの時のように一旦腫瘍が転移してすい臓の周りの組織を侵し始めるとそれは『戦況を一変させること』になります」とドリンピオ氏は言った。


「いったん腫瘍が転移を始めたならば…それは生物学的に違うもの、より活動的な腫瘍へと変化しています。」ドリンピオ氏は、ジョブスが即手術を受けていたら病気の経過がどのように変化したか知るすべはないと認めたものの、ジョブス自身が手術を遅らせるという自分の当初の決断を後悔していたということからもある程度は分かるのではないかと指摘した。「『過去を振り返る目はよく見える』と言うでしょう。」

代替医療」についての教訓

統合医療界のカリスマ指導者、アンドルー・ワイルは、CNNの論説記事の中で類似の結論を披露した。「ジョブスがすぐに手術をすることを選んでいればどれぐらい生き延びられたか、また彼の生活の質がどのようなものになっていたかということは誰にも分かりません」とワイルは記している。しかしワイルは、代替医療を行ったせいでジョブスの寿命が縮まったという非難については「状況をよく知らないから言っていること」だとした。


ワイルは、代替医療ががんに効くと言って喧伝しているわけではない。しかし標準的な治療にストレス解消法をプラスするといった補完的な医療を好んでいるのは確かだ。ワイルはちょっとがん治療に漢方薬を推しすぎじゃないか、という者もいる。


しかし今日、精神腫瘍学(がん社会心理学)的治療を提供するがんセンターはかなり増えてきている。こうしたプログラムは心理学の専門家が主催しており、がん患者に心の平安をもたらし、可能性としては治療成績を上げることを目指している。プログラムには絵画、工芸、ヨガ、マッサージなどのストレス軽減セラピーが含まれている。


こうしたプログラムを担当する研究者によれば、補完医療の危険は、患者が代替療法を通常治療への補足ではなくただ一つの治療と見なしてしまうことにあるのだという。


同じような感想を、ペンシルベニア大学アブラムソンがんセンター行動腫瘍科科長のジェームズ・コイン博士からも聞いた。


「一番の問題は、補完療法―標準的な評価が定まった治療法を補完しつつ邪魔はしないという医療行為のことですが―の中には通常治療を置き換えたり通常治療の実施を遅らせたりするものがあるということです」と、コイン博士はMedPage Todayに電子メールで伝えた。「スティーブ・ジョブスはこうしたことの例として挙げられるでしょう。」


「いくら型にはまらない考え方が好きであっても、こうした状況では治療のスタンダードに反したくはありません」とドリンピオ氏は言った。「この腫瘍に関しては、そういう贅沢は許されていないのです。」


リンピオ氏は、ジョブスの症例から臨床医が学んだ最も大きな教訓のひとつは、患者が自分の治療方針を決めるのを援助するときには共感の情を呼びさましておく必要があることに気づかせてくれたことだと語った。


もし自分がジョブスの担当医だったら、ジョブスが手術が必要だと宣告されたときにどんな気持ちになったかを一生懸命理解し、なぜ手術を受けたくないのかを分析しただろうとドリンピオ氏は言う。


「患者に悪いニュースを伝えるときには、患者がその状況を正当化できるような特別なやりかたで伝える必要があるのです。このやりかたを知っている医者は多くはありません」


特に腫瘍内科医にはそれが難しいのだ、とドリンピオ氏は語った。なぜなら、内科医は患者が癌の治療で最初に出会う医師だからである。それでも「この医者の助言があればきっと自分は正しい選択ができるはずだと患者に信頼してもらえるところまで行けるように努力しなければいけないのです。」


 ジョブスが、生涯決して許してこなかった伝記を許可してまで伝えたかったことの一つは「勇気」ではないでしょうか。


 人間には変化に抵抗する性質があります。特に自分の体のことに関してはそうでしょう。アップル変革のカリスマと言われたジョブスでさえ、自分の手術を、助かるチャンスを先延ばししてしまった。どうか皆さん、手術も化学療法も過度に恐れることなく、勇気を持って治療の一歩を踏み出してください。


 2012年が良い年になりますように。


※1 画像はGETTY IMAGEより。
※2 「ジョブスは手術を遅らせたから助からなかったのか?」「ジョブスは一般の人では受けられないような治療をしてもらっていたのか?」「どうして肝臓の移植を受けたのか?」というあたりについては、ここにも詳しいインタビュー記事があります。

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