やぶいぬ応援団

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平均余命は神のお告げじゃない ー「気づき」で進化学者が癌から生還した話

右方変移


スティーブン・ジェイ・グールドは、古生物学者・進化学者で、『パンダの親指』など多数の一般書を書いた文筆家でもあります。彼が癌宣告を受けた時の心境の変化について記したこの文章は、がんと統計について今までに書かれた中で最も洞察に富んだ文章の一つと言えるでしょう。一部を紹介します。

佐治博夫&弓子訳による、一部やぶいぬ改変)
近ごろのわたしの人生は、きわめて私的なレベルですが、マーク・トウェインの有名な二つの警句と関わっています。そのひとつはこのエッセイの最後にとっておきましょう。もう一つは(しばしばディズレーリの言とされていますが)、「虚偽というものを三つに分類するならばーうそ、真っ赤なうそ、そして統計。あとへいくほどタチが悪い」というものです。


1982年7月、わたしは腹部の中皮腫に侵されていることを知りました、これは稀な悪性の癌であり、通常アスベストへの暴露が原因とされています。わたしは手術の麻酔から目が覚めると、真っ先に主治医と化学療法専門医にこうたずねました。「中皮腫についての最良の文献は?」返ってきた答えは「読むに足る医学論文はありませんね。」その対応はふだん気さくな彼女にしては珍しくわたしを傷つけまいとする気づかいをのぞかせたものでした。・・・


歩けるようになると、ハーバード・カウントウェイ医学図書館へ直行し、コンピューターの文献検索プログラムに中皮腫とキー入力しました。一時間後、腹部中皮腫の最新文献に囲まれたわたしは、主治医のアドバイスの慈悲深いいわれを瞬時に悟りました。文献は残忍極まりない明確さで、中皮腫は不治の癌であり、死亡までの中央値は癌発見後8ヶ月である、と告げていました。15分ほど呆然自失していたでしょうか。ふと我にかえるとともに、文献を教えてくれなかった理由が腑におち、思わず苦笑しました。


・・・問題点を簡単にいえば、「死期の中央値8ヶ月」は一般的なことばでは何を意味するか、ということです。統計学の素養のない一般人のほとんどは「わたしは多分8ヶ月以内に死ぬだろう」と解釈するでしょう。これこそまさに排除すべき結論なのです。なぜならそうではないからです。・・・わたしが受けた技術トレーニングは「死期の中央値8ヶ月」を別の視点で見るよう導きました。・・・


8ヶ月という中央値を知ったときの、わたしの理性の側での反応は「結構、半数はそれより長く生きるのだ」というものでした。そしていまはその半数に入るチャンスを探っています。・・・


そして、慰めともなるもう一つの技術的なポイントを見出しました。中央値8ヶ月の偏差の分布は、統計学でいうところの「右方偏移」*1しているのではないか、ということです。(対称的分布では中央の値に対して左方の偏差の形が鏡面的に右方にも分布する。これに対し、偏移分布では中央の値の一方の偏差がもっと引っ張られるように延びている、左に延びているときは左方偏移、右に延びているときは右方偏移という)。偏差の分布は右方偏移に違いない、とわたしは推論しました。分布の左方は0に近い低い数字が含まれているはずです(中皮腫は死亡時かその直前に診断されることが多いからです)。したがって、左方(低い数の)分布にはあまり空隙がなく、いいかえれば、0と8ヶ月の間はぎゅう詰め状態になっていることになります。それに対して右方(大きい数)の半分は数年単位の長さで、かなり先の方まで延びていく可能性があります。問題は、分布が右方偏移しているとして、それがどれだけ長くテール状に延びているか、ということでした。自分が闘病に有利な条件を備えていることは確かでしたので、長く延びたテールの一員になることはさして難しくないと思ったからです。
・・・


この話の結末は? 実際のところ、グールドは60歳まで生き、20年間、つまり中央値8ヶ月の30倍も生き延びたのです! 彼は死の直前まで、1342ページの大著『進化論の構造』を出版するなど精力的に活動していました。


原文:平均中央値は神のお告げじゃないーー進化学者が不治の癌から生還したストーリー(佐治博夫&弓子訳
Stephen Jay Gould: The Median Isn't the Message(英語原文)


翻訳全文を「Medocプロジェクト」で読むことができます。このサイトには、親が化学療法を受けている子供たち向けの絵本「キモシャークくん」の翻訳もあり、おすすめです。


追記 (2006-10-25) - あるところで余命宣告についてのとてもよいたとえを見つけました。

余命は今までの統計からの平均で判断します。ただし、平均はあくまで平均です。あなたのクラスの平均点が67点でした、だからあなたの点数は67点です。といっているようなもので、あくまで比較の為の目安にしか過ぎず、結果は保証されません。


追記2(2007-01-31) - もうひとつ、「ゆるりと肺がん記」のyururiさんのコメントから。上の話をひとことで言うとこうなるかもしれませんね。

肺がんは難治がんといわれ、肺がんと告知された患者や家族の方々は、ネットをさまよいつつガックリくることも多いだろうけれど、たとえ末期といわれても明るく粘っている人はたくさんいるのであきらめないでください。生存率5%であってもその5%に入る人間なんだとノー天気に思えばいいのです。


追記3 - がん闘病中は、誰でも壁にぶつかる時があるもの。そんな時のための記事をここにまとめました。

*1:ページ右上のグラフは右方偏移を示したものです。

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