やぶいぬ応援団

膵臓癌闘病記や生還者のアドバイス、新薬の治験情報や研究など元気が出る話題を個人が集めたブログです。 <免責事項>本ブログは特定の治療法や薬の使用を推奨するものではなく、このブログの情報を利用した結果について筆者は責任を負うことはできませんのでご了承ください。

スティーブ・R、天使が教えてくれた癌(前編)

SteveR

  • 日本で「守護天使」にあたるものと言えば「守り神」でしょうか? 日本を代表する企業トヨタにも神社があるそうですし、個人や集団を見守る霊的なものの存在は洋の東西を問わないのかもしれません。
  • 今回の出典は PanCAN Newsletter 2005年7月号です。ある一つの家族が、二つの大きな試練を乗り越えた体験が記されています。


2人のサバイバーと3人の子供がいる家
ティーブ・R、フロリダ州タラハシ


いつの日かきっと、僕は自分の守護天使に感謝の言葉を伝えに行くだろう。


この原稿を書いてくれと頼まれたとき、僕は即座にイエスと答えた。「自分の闘病記」を書くぐらい簡単だと思っていた。何度も人に話したことがある話だし、どうしてそれを書くのが大変になるだろう? 実際に書いてみてようやく自分が甘かったことに気づいた‥‥。ともあれ、僕は皆が毎日のあらゆる出来事や出会いにもっと感謝の気持ちを持てるといいなと思う。僕自身は今までの人生で特別な出来事や素晴らしい人々との出会いにはいつも感謝してきたつもりだったが、それでは足りなかった気がする。僕は二度と同じミスをしないつもりだ。


この闘病記を、まずは美しい妻ウェンディと素晴らしい子供たち、クリストファー(14)、プレストン(12)、リンゼー(9)の三人に感謝する事から始めたい。家族の愛情と理解と支えがなければ、この病気からの生還の旅はずっと困難なものになっていただろう。親戚や主治医や大勢の友人たちにも感謝したい。彼らの祈りや、励ましの言葉や、差し入れの食事や、貸してくれた肩がなかったならば、どうやってこの病を切り抜けられただろうか。この試練から学んだ事の一つは、我々が人生で選ぶ道は、必ずしも我々が進まなければならない道とは限らないということだった。子供たちに言ったのは、我々は道を選ぶ必要はないが、選ぶならば実際にその道を歩く時と同じ態度で選ばなければいけないということだ ー つまり、自分自身と同行者と自分の信念への自信を持って進まなければいけないのだ。


自分がどうやってこのがんに打ち勝ったのか書くことができればと思う。この通りにすればいいという指示が出せればと思う。もちろんそんなことは無理だ。ただ僕に言えることは、すい臓がんは死刑の宣告ではないということだ。僕が幸運だっただけだと言う人もいる。僕は自分には天使がついていたのだと信じている。


天使とは誰か? 僕には分からない。でも僕は天使がすぐそばにいてくれたこと、そして僕の命を助けてくれたことを信じている。2001年のある澄み渡った夏の日、僕たち一家はワシカ川をカヌーで下る旅に出かけた。何人かの父親たちと僕は、子供たちも一緒に大きな川の淵のところに陣取って泳いだり昼食をとったりすることにした。僕はいつも危ないことを最初にやるタイプで、川岸の木によじ登ってロープでできたブランコに乗ろうとした。ブランコは水面から9メートルぐらいの高さのところに下がっていた。ブランコを揺らしていた時、手が滑って僕は特大の「腹打ち飛び込み」をやってしまった。水面を激しく打ったのでほとんど気を失うところだった。


後編につづく)

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