Yさんの記録
新しくYさんという方から闘病記を頂きましたので掲載します!
Yさんの奥様は3年前56歳ですい臓がんにかかり手術を受け、その後肝臓への転移も見つかりましたが化学療法を経て生還されました。この2−3年の医学の進歩によるところが大きいそうです。「9回ツーアウトツーストライクになってもあきらめない」というYさんの体験は、以下でお読みください。
私も家内のすい臓がんを告知されたとき本にもあるように驚き 挫折 怒り 受容を味わい今に至っています。単なる風邪と思い行った近所の医者から思いもかけず非常に危険な病状で病院を紹介するからこれからすぐに入院しなさいと宣告され嫌な予感がしました。手術後6ヶ月で今度は肝臓転移を告げられたときには万事窮すとおもいましたが、9回ツーアウトツーストライクになってもあきらめないと、先生のすすめで胸にマッチ箱大のリザーブタンクを埋め込みそこから血管の中を通した管でジェムザールを患部へ直接注入するという療法を受けました。先生からはこの療法でも成長を遅くできれば良いほうと説明を受けていましたが、影がだんだんと小さくなり6ヵ月後には消えてしまいました。それから今2年半抗がん剤の服用と3〜4カ月おきの検査を続けている現状です。
担当の先生の話では10年前であればまず助からない症例だったがこの2〜3年での医学の進歩のおかげということでした。それでもここまで回復する例は稀だそうで先生は家内の症例を国内とアメリカでの学会で発表しました。(私の同意の元に)
この症例がすい臓がんを告知され絶望を味わっている方を元気付けることに役立てば幸いです。
なお付け加えるなら家内は長崎の出身で両親は原爆投下のとき長崎在住でした。そして父親の看病のため長崎に帰ったのですが父の病気は胃がんで57歳で亡くなりました。さらにプロジェクトXにでた姉も実はテレビ取材中乳がんの手術後、肺に転移が見つかったときで、取材の1年後やはり57歳で亡くなりました。その2年後56歳のときにこんどは家内がすい臓がんを告知されたのでもうこれは絶望的と最悪のケースも覚悟しました。せめて一年半後の孫娘の小学校入学の晴れ姿を見るまでは生かしてくれと祈りました。いまその孫娘は小学校2年生に成長し我々の一番の楽しみの種です。
先のことはともかくこの一日一日を大切にしていきましょう。
Yさんや奥様への応援メッセージはぜひコメント欄にお寄せください! また、当サイトでは闘病記もまだまだ募集しています。2月9日の用紙に記入していただいても良いですし、自由に書いていただいてももちろん構いません。あなたの勇気と経験を少し分けていただけないでしょうか。(この他の「日本にも生還者が」のシリーズはこちら)
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